バベルに問う

攻撃力1300、守備力2000、ホスピタリティ精神0

バベルに問う

檸檬とLemon

えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。

 

気圧に伴う偏頭痛や慢性的な腹痛がいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。

以前私を喜ばせたどんな見すぼらしくて美しいSNSサブカルチャー投稿も、どんな見すぼらしくて美しいインディーロックバンドも辛抱がならなくなった。

廃墟の写真を撮りにわざわざ出かけて行っても、同類の二三人で不意に帰ってしまいたくなる。何かが私を居堪らずさせるのだ。それで始終私は家に引き篭もり続けた。

 

何故だかその頃私は純粋に美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。

音楽にしてもスタジオミュージシャンが奇を衒わずじっくりと作成するような水瀬いのりの曲が好きであった。

時どき私はそんな曲を聞きながら、ふと、そこが人口数万人のクソ田舎ではなくて何百理も離れた浜松町とかーーそのような市へ今自分は来ているのだーーという錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら田舎から逃げ出して隣の老人が野菜を持ってこないような市へ行ってしまいたかった。希わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。ーー錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

 

私はまたあのFallout4というやつが好きになった。ゲーム内容そのものは第二段として、昨今の流行に乗らず、あの他プレイヤーとの交流要素を一切排除してひたすらにソロでプレイするしかない。そんなものが変に私の心を唆った。

それからまた、文化放送というやつが好きになった。声優アイドルが「ちょっと、作家さん」とけらけら笑うラジオを嗜むのが私にとってなんともいえない享楽だったのだ。あのびいどろの味ほど幽かな内容しかない安っぽい企画があるものか。私は幼い時よく外で友達と遊んできなさいと父母に叱られたものだが、その幼時のあまい記憶が大きくなって落ち魄れた私に蘇ってくる故だろうか、 まったくあの番組には幽かな爽やかななんとなく詩美と言ったような聴覚が漂って来る。

 

察しはつくだろうが私にはまるで協調性がなかった。とは言え少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには投稿が必要であった。2,3人のフォロワー。――と言って同調できる人。――そう言ったものが自然私を慰めるのだ。

 

心がまだ蝕まれていなかった以前の私の好きであった所は、たとえばInstagramであった。スターバックスのコーヒー。洒落たキャプションを添えた今日の空模様。セピア色した部屋。そして1,2のいいねをもらい、アンダーグラウンド感というかサブカルチャーを担うものとしての使命感を感じるのだった。しかしここももうその頃の私にとっては重くるしい場所に過ぎなかった。#ファインダー越しの私の世界、#写真好きと繋がりたい、#フォトジェニック、これらはみなコミュニケーションの亡霊のように私には見えるのだった。

 

ある朝―—数年前に引っ越して以来、より一層空虚な空気のなかにぽつねんと一人取り残されたのだが―—最近買ったバイクで隣の町まで彷徨い出て、そこの見たこともないスーパーの前で足を留めた。そこは決して立派な店ではなかったのだが、スーパー固有の美しさが最も露骨に感ぜられた。

 

その日私は夕飯の惣菜を購入しに来ていた。近所のスーパーの惣菜は食い尽くしてしまったので、遠くへ来たわけである。この店では近所の飲食店と提携してそちらで作ったものを惣菜として取り扱っているようだった。店で食べずとも店の味を楽しめるのだから素晴らしかった。

 

その日私はいつになく店内をうろついた。というのはその店でLemonが流れていたのだ。

 


米津玄師 MV「Lemon」

 

 

 

 

Lemonなどごくありふれている。がその店の見すぼらしさとのミスマッチが私を興奮たらしめた。いったい私はあのLemonが気になりだした。米津玄師などという世代でもないのでほとんど聞いたことがなかったのだが、レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な曲調も、それからあの歌声も。――結局私は月のデータ容量2GBを惜しげもなく使ってSpotifyで聞きながら帰ることにした。がどうしたことかLemonどころか米津玄師すら無い。夢ならばどれほどよかったでしょう。ウェッ。――結局私はこれも何かの縁と青果売り場で檸檬を一つだけ買うことにした。(ちなみに私は柑橘アレルギーだった)それから私はどこへどう帰ったのだろう。私は長い間運転していた。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされるーーあるいは不審なことが、逆説的にほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。

 

実際Lemonの単純さが、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える。

檸檬自体には何の興味も湧かなかったがそういえば昔そんな短編小説を国語で習ったなと思い浮かべては、夕日の沈む海を眺めながら青空文庫を開いたり、またこんなことを思ったり、

 

ーーつまりはこの重さなんだなーー

 

その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いもの美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿ことを考えてみたりーーなにがさて私は幸福だったという点と檸檬/Lemonという点で共通していたのである。

 

私が最後に開いたのはInstagramであった。平常あんなに避けていたInstagramがその時の私にはやすやすと開けるように思えた。

 

「今日は一つ開いてみてやろう」そして私はずかずか開いて行った。

 

しかしどうしたことだろう、私の心を充していた幸福な感情はだんだん逃げていった。楽しげにはしゃぐストーリーにも、今日も届いた結婚しました!の投稿にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩めて来る、私は長旅の疲れが出て来たのだと思った。私はタイムラインを遡ってみた。指を縦にスワイプするのさえ常に増して力が要るな!と思った。しかし私はいつの間にできた複数枚投稿も一枚ずつ見てはいく、そして見てはみるのだが、克明にスワイプしてゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の投稿を見る。それも同じことだ。それでいて一度パラパラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪らなくなってiPhoneをそこへ置いてしまう。ホーム画面へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったカフェの画像までなおいっそうの堪えがたさのために置いてしまった。ーーなんと呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が遡ったタイムラインを眺めていた。

 

以前にはあんなに私をひきつけたInstagramがどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまり尋常ではない周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前に好んで味わっていたものであった。…

 

「あ、そうだそうだ」その時私はバッグの中の檸檬を憶い出した。タイムラインを最初まで戻して、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」

 

私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に撮影し、また慌ただしく編集した。色を強調したり、薄くしたりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに白黒になったりセピア色になったりした。

やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、そのタイムラインの頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。

見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私はワイワイしたInstagramの空気がその檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。

私は変にくすぐったい気持がした。「ブログ書こうかなあ。そうだブログに書こう」そして私はタスクキルして行った。

変にくすぐったい気持が砂浜での私を微笑ませた。Instagramのタイムラインに黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪なアイムアルーザー。もう十分後にはあのInstagramが大爆発をするのだったらどんなにおもしろいのだろう。

 

私はこの想像を熱心に追求した。「そしたらあの気詰まりなInstagramも粉葉みじんだろう」

そして私は5時過ぎたら人がほとんど消える奇体なド田舎へ下って行った。ウェッ。

 

 

 

 

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