せんべいインザサイレンス
小心者と申します。
どれほど小心者かと申しますと、
レジに並ぼうとした時、ほぼ同じタイミングで並ぶ人がいると、買い忘れたふりをしてその場を去ったりします。air podsでハンズフリー通話をする時もiphoneを口元までなんとなくかざしてしまいます。
小心者なんです。
バスや電車で席を譲るかどうか微妙なラインの人が私の側に入ってきた時のことを考えると怖くて、席に座ることすらろくに安心してできません。
この根底には悪く思われることへの恐怖というものもあるのでしょうが、
良く思われることへの恐怖というものも少なからずある気がします。
レジの例をとっても「お先にどうぞ」と譲ればいいじゃないかとお思いの方もいらっしゃると思いますし、それはもっともだと思います。
しかし、私自身もそうですが、「相手に気を使わせてしまった」と譲られた側は罪悪感を感じることもあります。それを考えると、最善の手は譲られたことにすら気づかれないことです。
剣の達人に切られた相手が切られたことにも気づかないまま死ぬような、トムとジェリーやディズニーの類が崖まで突っ走って空中に数秒たたずんで落ちていくような、
プロというのは意識させない技も持ち合わせているものだなぁと思います。
私も小心者のプロとして、意識されないことをこれからも精進していきます。
また、私以外の小心者のプロの皆様へ、私の気づかないところでの御配慮にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。あなた方から受けた恩は死んだじいちゃんばあちゃんあるいは神系の者たちの功績と勝手に解釈してこれからも感謝せずありがたく頂戴したいと思います。
職場のおばちゃんたちによくお菓子を貰います。それはもう食いきれないほど。
チョコ類はすぐ食べます。溶けますし。
ですが、まがりせんべいはどうでしょう。
おばちゃんおやつシリーズで絶大的シェア。
フジロックのアーティスト発表だったら第3弾。
はいまがりせんべいきた。はい、参戦。
ぽたぽた焼は知恵袋ひけらかしばばあの同族嫌悪なんでしょうか、あまりみかけませんが、
まがりせんべいの圧倒的安定。どこのオフィスでもきっと現れるでしょう。
しかしまがりせんべいは好きですが、まがりせんべいを突然もらってもすぐに食べる気がしないのです。
心のオーキドも「まがりせんべいには食べどきというものがあるのじゃ!」と叫びます。
そしてそっとデスクの引き出しにしまってしまいます。
そして数日後に思い出します。
そういや貰ったけど早く食べなきゃしけってしまうなと。その早く食べなきゃという気持ちでようやく袋開封に至るのです。
しかしオフィスは完全にまがりせんべいのことなど忘れて仕事に夢中なわけです。
これはバリバリ食って仕事の流れを曲げるわけにはいきません。
私は咳払いとともに渾身の手刀でまがりせんべいを一刀両断。
恐る恐る、かつ速やかにそれを口に放る。
私は口を閉じ、IKEAの壊れない椅子の耐久性実験の機械のように
優しく、ゆっくりと、歯でまがりせんべいを押しつぶします。
バ............リ...........バ..............................リ...........
私にはゆっくりだろうが早かろうがその音は聞こえます。
おそらく皆様一度や二度このような経験はあると思いますが、
これって他者に聞こえているのでしょうか。
聞こえていても誰も突っ込まないし、聞こえていなければ反応すらできません。
真実は闇の中。
しかし先日、実家にいた時のこと、午後9時、隣の父の部屋から
バ.........リ.........バ.............リ........
聞こえてきたのです。
なるほど、答えは「余裕で聞こえている」か。
私は翌日聞いてみました。
「昨日9時ごろこっそりせんべい食ってたよね」
答えはノー。
「そもそもなぜ家でこそこそせんべいを食わねばならんのだ」
それもそうだ。
真実は闇の中。
そして新たな疑問。あれは何の音だったのだ。
それが知れれば、もし聞こえていたとしてもその音の間違いじゃないっすかと罪を着せることができよう。
まっすぐ生きるのは難しい
tennguman